松延総司「ニット ザ ノット」

松延総司「ニット ザ ノット」
HAGIWARA PROJECTS
http://www.hagiwaraprojects.com/
所在地:〒160-0023
東京都新宿区西新宿3-18-2 サンビューハイツ新宿101
大きい地図を表示(PDF)
Tel & Fax:03-6300-5881
E-mail:info@hagiwaraprojects.com
開廊時間:火〜土曜日 11:00-19:00 日・月・ 祝日 休廊

「瞬間的に描いた乱雑な線をトレースし、線の型を作る。 その型を用いて線を再生するとき、私たちはそこに瞬間的な身体の動きを残したまま、線を描く 手順やスピードを自在に操作することが可能になる。 そのとき、無数の形を持つ「線」は、さらに無数の奥行きの形を持つようになる。 保存と編集は物事を整理するだけでなく、違う方向へと乱雑さを拡張する可能性を持っている。」 松延総司 2016 -プレスリリースより-

Now on view: Soshi Matsunobe “Knit the Knot” 2016 pencil on paper

HAGIWARA PROJECTSさん(@hagiwara_projects)が投稿した写真 –

一見乱雑な線の寄せ集め。
しかし、その軌跡の行方を追い続けていると、
ふと、冷静なハンドリングに気付くことができる。

四角形の支持体の中を、
実に生き生きと、事故に遭わないように、
程よい加速度を保ちつつ、ドライブし続ける線の軌跡。

気付いてからは感嘆しっぱなし。
描かれた線は交差しそうな箇所で、一方がトンネルに入ったみたいに潜り込み、一時的に消失するのだが、この入りと抜きが見事。
私の目が捉えきれぬだけで、そこには線があるはずなのだ、と言いたいくらい。

どんなにドリフトをかまして、線と線が衝突しそうになっても、
不思議な法則が働いたかのように、両者はすれ違い、
いつか、一つの円環へと到る。

ステートメントにも明記してある通り、
試行錯誤の積み重ねがこの円環であり、
はじめは線のそれぞれが個であり、孤立していたはずである。

孤立していた個を引き合わせ、循環させるまでに到るには、
そしてこの作品展数を完成させるには、
途方も無い苦労があったことと察する。

保存と編集は物事を整理するだけでなく、違う方向へと乱雑さを拡張する可能性を持っている。」 松延総司 2016 -プレスリリースより

絵を描いたことがあればわかるだろうけど、無数の線画(下書き)状態から清書する過程、正しい(と思われる)線をなぞることもあれば、線と線の中央を走らせることもあると思う。
なぜか。
そこに、可能性を見たからである。

しかし、この可能性は正でも誤でもなく、新たな道を見出したに過ぎない。
(大抵の出来事に対する正か誤かという判断は、各々が勝手に下すものである)

本展示会は「線」という単位での美を追い求めると同時に、
保存と編集の観点から「線」に対するイメージの拡張を試みたと考える。

さて、本展示会では制作に至るまでの思考、保存•編集に関する方向性には触れられていない。
が、考えてみれば不要かもしれない。
複数の偶発的なドローイングの数々を引き合わせる行為に、
余計なドラマ•歴史を与える必要などない。

再び作品に視線を戻す。
どこかに飛んでいきそうなほど勢いある線は、
無理を感じさせない急カーブを経て、
立体交差の中、穏やかに直線に走る。

支持体という限界はあるが、
生物における肉体に置き換えれば良い。

数十センチの紙の中を行き来する進路の選択肢はまさに無限。
行ってもいい、行かなくてもいい、
いつもどおり、いつもと違うみち、
寄り道しても、回り道してもいい。
自身に置き換えてみれば、
これほど勇気づけられる作品はない。

会場内に置いてあったポートフォリオを拝見するに、
「対象の外見/機能/成り立ち」と「見出される価値」の対比に強い関心をお持ちのように感じられた。
本作のように、真っ直ぐな方なのではないかとお見受けする。

面白い作品が沢山あった。
今後も展示会があったら足を運んでみたい。

横山 奈美 – やり直し

横山 奈美 – やり直し
2016年6月17日(金)~7月30日(土)
オープニング : 6月17日(金)18:00-19:30
12:00 – 19:00 (日、月、祝 休み)
ケンジタキギャラリー
http://www.kenjitaki.com/
東京 / 東京都新宿区西新宿3-18-2-102 TEL/FAX 03-3378-6051
開廊時間 12:00-19:00 (日・月・祝 休廊)

入室直後、文字通り、むせ返りそうになる油絵の具の匂いに包まれる。
グレー調のバックグラウンドの中央部に佇む、寝かせられたモチーフ。
ふと、野又穣「blue construction」シリーズの色調を思い出した。
しかしあんなに幻想的ではなく、もっと身近な存在。
キッチン ではなく 台所 みたいに。

描かれたモノはモノのままで、
姿や形は道具として役割を与えられた当時のままで、
機能面も良好のように見える。

しかし下げ調子の空気感が充満。
油絵の具の匂い、それは死臭と言い換えてみる。

モノは干渉する者が存在するからモノになれる、
まだ使えると思われている間だけモノになれる。

役割を終えたと見なされたモノの残骸から漂う、死臭。
しかし、執拗に描き込まれ、実物以上の大きさに称えられ、
死後に神格化(言い過ぎだとしたらリスペクト)され、
生前よりもその存在感を強くしている。


本展示会の内、CDラックを描いた作品があった(写真右側)
私の父の弟が全く同じものを持っていた。
引っ越しの際に、私に譲ってもらったそのものだった。

10数年ぶりに作品を通して思い出したそのラックは、
私の心の中ではとうに役目を失っていたが、
麻布の上でぎらぎらと光を照り返し、強い匂いを撒き散らし、
強かにやり直しの機会を伺っていた。

モノは干渉する者が存在するからモノになれる、
まだ使えると思われている間だけモノになれる。

しかし、本作を眺めていると、
モノ自体にもその選択肢は与えられている気さえしてくる。

しかし、その見方は人間本意に他ならず、
抜け出せぬジレンマの円環を周回し続ける、
実に人間らしい、未練がましい、執着心ある作品だった。
(静物の欲望を表出させることに成功しているという意味でポジティブな意味)

オープン・スペース 2016 メディア・コンシャス

オープン・スペース 2016 メディア・コンシャス
会期:2016年5月28日(土)—2017年3月12日(日)
会場:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]
開館時間:午前11 時— 午後6時
休館日:月曜日(月曜が祝日の場合翌日),年末年始(12/29–1/4),保守点検日(8/7,2/12)
入場無料
主催:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]

ICCでやっていた、メディア•アート作品の展示。
閉館1時間前に立ち寄ったのだけど、もっと早く来れば良かったなと後悔。
併設しているスペースではこども向けワークショップを充実させている通り、
「こども科学館」の発展系だった。

発展系とはこども騙しではないという意味。
本展示会で披露される科学と技術と発想と発展は、
年齢で差別することなく、
不思議を求めるものに対して平等に許容されると思う。

さて、先日リリースされたばかりのポケモン GO において、
ポケモンを捕獲する際に「ARモード」なる機能が実装されている。
ARとは 拡張現実(かくちょうげんじつ)の意である。

これに関連する作品として以下を取り上げる。
《The Mirror》 [2015]“The Mirror”
藤井直敬+GRINDER-MAN+evala
ICC | 《The Mirror》 (2015) http://www.ntticc.or.jp/ja/archive/works/the-mirror/

SRシステム(Substitutional Reality System:代替現実システム)は,理化学研究所脳科学総合研究センター適応知性研究チームによって開発されました.これまでのVR(ヴァーチュアル・リアリティ),AR(オーギュメンテッド・リアリティ)などの「仮想を現実に近づける」技術とは異なり,過去を現在と地続きのものとして挿入することで,現実と仮想の境界を取り払い,体験者の経験する主観的な「現実」そのものに影響を与えるものです.

ヘッドマウントディスプレイとヘッドフォンを装着し、液晶画面の前に着席。
ディスプレイの中には「過去に記録された映像」と「今(正確には数秒前)に記録された映像」がミックスされた映像が出力され、自らの視界を覆う。
まるで仮想に自らの身体の一部が取り込まれたように感じられる…。

しかし、やはり、その境界のつなぎ目はまだザラザラしていて、
液晶の解像度の低さが残念だった。意識すれば容易にこちらに戻ることができる。
精度が再現なく高まれば、森 博嗣著「有限と微小のパン」のラストシーンを体験できることもできるのか、とわくわくした。
こういった技術は、こういった技術でしか体験できないことに希少性があるので、それを体験できるその日まで生きていられればいいなと受け身に考えた。

にしても、面白い作品がありすぎて、言葉に困る。

ICC | 《あなたは、翌日私に会いにそこに戻ってくるでしょう。》 – 津田道子 (2016) http://www.ntticc.or.jp/ja/archive/works/you-would-come-back-there-to-see-me-again-the-following-day/

フレーム、ミラー、映像、これらの配置、角度が絶妙であった。
ふらふらと移動する監視員は、映像に変化を与える為に、意図的に移動をしていたはずだ。

ICC | 《ポートレイト・オン・ザ・フライ》 – クリスタ・ソムラー&ロラン・ミニョノー (2015) http://www.ntticc.or.jp/ja/archive/works/portrait-on-the-fly/

こどもが喜びそう。情緒がある。

ICC | 《Body Paint – 46inch/Male/White》 – エキソニモ (2015) http://www.ntticc.or.jp/ja/archive/works/body-paint-46inch-male-white/

まるで絵画作品っぽく見せる為の処理が施されている。
しかし、液晶の解像度は上がったものだ。前情報無しで見ていたら、
本当に箱の中に白塗りの人が入っていると思ってしまうではないか。
液晶ごと絵具がラフに塗られている、その感じも好き。

ICC | 《マシュマロモニター》 – 岩井俊雄 (2002) http://www.ntticc.or.jp/ja/archive/works/marshmallow-monitor/

大学時代に同級生が触れていたMax/MSPやJitterを思い返した。
インタラクティブアートの引き金として、周りでは用いている人が多かった。
引き金とは手段と言い換えることもできて、これに限らず、手段や引き出しは多いにこしたことはない、あとは適切なタイミングと理由付け。

見せる情景は誰しも一致しない、どんな情景が見えているか、など想像するしかない。感覚器官の中でも視覚が上位を占める人々が大多数の中、得られた視覚情報の優位性をぐらつかせる作品はもっとあって良いと思うし、
それにメディア•アートは適している。夢もある。

ICC | 《チジキンクツ》 – 赤松音呂 (2013–15) http://www.ntticc.or.jp/ja/archive/works/chijikinkutsu/

展示室内には,コイルが取り付けられたグラスが数百個並んでいます.それぞれのグラスには水が入っており,磁化した縫い針が浮かんでいます.針は地磁気の作用によってどれも南北を向いていますが,コイルに断続的に流れる電流による磁場変化の影響を受けて,ときおりガラスに当たって繊細な音を発します.

展示会の目的からは離れてしまうけど、もっと色数を減らした会場で拝見したかった作品。視覚情報を極限まで減らした空間が最適だった。

照明も、光量もあんなに必要ない。
やっと輪郭を見つけられるだけの光と静寂があればいい。
異なる場所で出会えたら、もっと好きになれる作品だと思った。
恵まれていたのは、自分がこの会場に訪れたときに他に来場者はおらず、
一人でこの空間のただ中に身を置けたことである。
自分以外の誰かが不純物に思えてしまうから。

他にも沢山作品があって、うろたえている合間に閉館時間。
来年3月までと長期間の開催であるので、また見に行くかもしれない。
初台にお立ち寄りの際には是非ご覧を。入場無料です。