横山 奈美 – やり直し

横山 奈美 – やり直し
2016年6月17日(金)~7月30日(土)
オープニング : 6月17日(金)18:00-19:30
12:00 – 19:00 (日、月、祝 休み)
ケンジタキギャラリー
http://www.kenjitaki.com/
東京 / 東京都新宿区西新宿3-18-2-102 TEL/FAX 03-3378-6051
開廊時間 12:00-19:00 (日・月・祝 休廊)

入室直後、文字通り、むせ返りそうになる油絵の具の匂いに包まれる。
グレー調のバックグラウンドの中央部に佇む、寝かせられたモチーフ。
ふと、野又穣「blue construction」シリーズの色調を思い出した。
しかしあんなに幻想的ではなく、もっと身近な存在。
キッチン ではなく 台所 みたいに。

描かれたモノはモノのままで、
姿や形は道具として役割を与えられた当時のままで、
機能面も良好のように見える。

しかし下げ調子の空気感が充満。
油絵の具の匂い、それは死臭と言い換えてみる。

モノは干渉する者が存在するからモノになれる、
まだ使えると思われている間だけモノになれる。

役割を終えたと見なされたモノの残骸から漂う、死臭。
しかし、執拗に描き込まれ、実物以上の大きさに称えられ、
死後に神格化(言い過ぎだとしたらリスペクト)され、
生前よりもその存在感を強くしている。


本展示会の内、CDラックを描いた作品があった(写真右側)
私の父の弟が全く同じものを持っていた。
引っ越しの際に、私に譲ってもらったそのものだった。

10数年ぶりに作品を通して思い出したそのラックは、
私の心の中ではとうに役目を失っていたが、
麻布の上でぎらぎらと光を照り返し、強い匂いを撒き散らし、
強かにやり直しの機会を伺っていた。

モノは干渉する者が存在するからモノになれる、
まだ使えると思われている間だけモノになれる。

しかし、本作を眺めていると、
モノ自体にもその選択肢は与えられている気さえしてくる。

しかし、その見方は人間本意に他ならず、
抜け出せぬジレンマの円環を周回し続ける、
実に人間らしい、未練がましい、執着心ある作品だった。
(静物の欲望を表出させることに成功しているという意味でポジティブな意味)

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