毒山凡太朗「戦慄とオーガズム」

毒山凡太朗「戦慄とオーガズム」

■イベント詳細
場所:駒込倉庫 Komagome SOKO (東京都豊島区駒込 2-14-2)
期間:2016 年 8 月 27 日(土) – 9 月 24 日(土)
時間:水曜日 – 土曜日 15:00 – 20:00
日曜日・祝日 12:00 – 17:00
月曜日、火曜日は休廊

入り口で配られるステートメントが良かった。すんごいわかりやすい。
ご自身の社会経験を通じて、身を以てお感じになった事柄に対する疑問や答えが、受け入れやすいユーモアを飾って、作品として置き換えられていた。

他者と関わり合いの中で生きること、生き続けること。
ステートメント内の単語を選択するとしたら「エラー•バグ」
それらが私たちの内側に発生したとしても、抱えつつ、生きていく。
「エラー•バグ」といった単語は、意図しない現象•対象に対して用いられると思うが、対象の動作が必ず停止するわけではない。
そのまま動作し、出力されることもある。

ようは認識のレベルの話である。致命的なエラーでもなければ、許容し、気付くことなく動作を続けるだろう。生物は内部環境を一定の状態に保とうとする仕組みを備えており、他にも免疫、免疫寛容といった変化に対する対策を取る能力を持っている。これらをはじめとした、生きるためのテクニックにより威力を排除したり、許容したりして、うまーく生存することができる。

しかし、敏感・鈍感になることは当然、メリットとデメリットがある。
どちらを選択するかは環境次第であるし、選択次第である。

本展は六つの作品で構成されている。
作家の視点から考えを反映し、記録•制作した作品を通して、鑑賞者が出来事に対してどのような出力(感想•感情)を行うか。出来事自体にエラーを見出すのか?作家が手がけた痕跡にこそエラーの要因を見るか?という一歩引いて、俯瞰状態で見たい展示会であると思った。

一番良かった作品は「これから先もイイ感じ(映像作品)」
前述の通り、ご自身の経験、想いが最も強く反映された作品だと勝手に思う。
六つの作品の中で、最も普遍的な現代での「生きる」に触れた作品だった。
満足に言葉も発せず、身体のコントロールもままならない幼児期から、
満足に言葉も発せず、身体のコントロールもままならない老年期まで。
肉体の大きさ、外見的特徴が大きく異なる二者の対比。
無難な手法かもしれないが、あの見せ方は見事だった。

次に良かったのは「LInCAAi-chan(映像作品)」
地方の風俗店に潜入し、録音されたっぽい音声が流れる。スタッフのおばちゃんが、どの子がいいのか?また風俗に通う行為は至極まっとうなことであるように諭したりする。
結果、それは営業行為であり、セールストークではあるのだけど、おばちゃんのなまりある言葉を聞いていると、何か許しを得ている気さえしてくる。
生きる行為がどれほど大変であるか。また、生きるための活力を得るためには、こういうことも必要なんだよ、と。カメラ•マイクが向けられていることも知らず、おばちゃんは話を続ける。だからそれはセールストークではあるけど、パフォーマンスではない。だから良い。


「ずっと夢見てる(映像作品)」
様々な企業ロゴを寄せ集めて刷られたブランケットみたいなものを、都内の深夜、道端で熟睡している人々に(勝手に)かける行為を記録した映像作品。
各企業が掲げるコンセプトや方針をアフレコで、言葉でかぶせる。
さすがにビジネスとして掲げている形と言葉だけを引用し、語りかける手法には、大きなズレがあると思う。その言葉と想いが生きている文脈が違う、意味が違う、乱暴すぎる。それならば企業ロゴは不要である。不要なディティールを意識してしまった作品だと思う。

多くの作品が、作家の思考の窓口を紹介するに留まってしまった印象があるのが残念。個々の作品が、また一歩二歩と踏み込んだ所を見てみたい。

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