実なる影響と幻想

自宅の近くで夜店大会なるイベントが催されていたので、見に行ってきました。やきそば、かき氷、輪投げ、わたあめやらの出店が数件程度出ているだけのイベントでしたが、店前の通りはごった返していていました。
同行したさつかわ氏はご不満の様子。結局、彼女はフランクフルトだけを買ったのですが「店前に立っているのに、何も声をかけてこず、横柄な態度だった。あと店前にスタッフがたむろしていて、身内ノリがすすけて嫌だった」とのこと。思い返してみれば他の店前も似た様子でした。
商品(コンテンツ)自体に対する不満ではなく、店のスタイルに対する不満が彼女にとっては大きな問題だったようです。

ギャラリーに出向いて、作品は良いのに展示会場内で作者と知人同士が大声で雑談を交わし、来場者が居心地悪い時に似ています。今回のイベントに限定すれば、私個人としては、それよりもごった返した環境が不愉快でした。祭りなんだから混んでいるものでしょうと言われればそれまでなんですが。
そもそも、混雑した環境が嫌いです。「その混雑具合がいいんじゃないか」と思われる方もいるでしょうが、それは錯覚みたいなもので、混雑によって商品がよくなることは滅多にないでしょう。交通機関も混雑するし、スタッフの対応のレベルも下がるのが当然の道理。場の盛り上がりから感じられる空気感を求める場合を除き、混雑が予想されるイベントは、比較的空いていると予想されるタイミングで足を運びたいと考えます。混雑時って、受け入れるスタッフ側だけでなく、客側の質も一時的に下がる傾向にありますので。不愉快な場面を見ることも多々あるし。

本当はやきそばが食べたかったというさつかわ氏、祭りといえば「やきそば」というイメージをお持ちのようでしたので、翌日のお弁当には、やきそばと焼きそばパンとホットドックを用意しました。屋台の焼きそばって、豚肉を使用している記憶がありますが、ウィンナーの方が時間がたっても歯ごたえを楽しめると思うので、断然こっち(ウィンナー)派です。

今日見た映画「マッドマックス2 (1981年)監督 ジョージ・ミラー」
公開当時に本作に触れた人々にとっては、良い意味でショッキングな作品だったんだろうなと想像します。漫画「北斗の拳」より前にリリースされた本作は、後の作品に多大なる影響を与えたのは容易に想像できる。前作の時点で相当荒廃していた舞台を更にすり潰して、作り出した上に主人公マックスを放り出す為に、物語冒頭にナレーションとイメージを詰め込んで「てなわけでこんな時代だよ!」って言い放って、観客も同時に放り投げるこの感じ、大変潔い。
確かな根拠はないけど、上記の放り投げる時代設定っぷりは後の「1時間ドラマ」のデザインに通ずるものがある気がします。本作の上映時間は90分だけど、短時間でSF的な舞台イメージを伝える為には、「これくらいぶん投げたっていいんだよ、観客はついてこれるんだよ。それにはある程度の雑さが必要なんだよ」と。
付属のおまけコンテンツでは、脚本制作の流れや撮影秘話が語られていたけど、そこも放り投げ具合マックスで面白かった。
総括すると、本作一番の魅力であり新しい点は、現代までテンプレとして流用され続けるほどの美術&演出における突出したセンスだと思います。凄過ぎて、燃え尽きずに残ったんだろうね。

ではまた明日。