横浜トリエンナーレ2017の感想

8月8日(火)
「ヨコハマトリエンナーレ2017 島と星座とガラパゴス」
http://www.yokohamatriennale.jp/2017/
午前8時半起床、朝食はホテルのバイキング。普段は朝食を取らないが、外泊する際には朝食は楽しみの一つである。食後すぐに徒歩で移動し、トリエンナーレ会場の一つ「横浜市開港記念会館」に到着。柳幸典のインスタレーション「Project Godzilla」を見る(本イベントで一番良かった)。ホワイトキューブを前提とするような作品群の中で、最も会場の灰汁ともいえる物理的な特性を逆手に取り、活かしたデザインだった。会場入口から作品の出口まで、時を刻んだ巨大な鏡が光と像を繋ぎ、同時に過去と未来を見通すための機能をも果たしていた。ストレートにフィジカルな仕組みだからこそ、素直に受け取ることができた。
しかし、そのインスタレーションに内包される形で「アーティクル9」という、デジタルサイネージで憲法九条を映し出す作品が置かれていたが、あれはいただけない。不必要。が、面白い作品だったので、経路を二周させてもらった。

次なる会場に向かう途中「横浜税関資料展示室」なる施設を見つけたので、足休めに立ち寄る。コンテンツは横浜税関の歴史や役割、密輸の手口、偽ブランド商品の展示など。意外と興味深く30分ほど鑑賞。

その後「赤レンガ倉庫」に到着。面白いと感じた作家のみ記述します。

「ラグナル・キャルタンソン」複数の映像を駆使したビデオインスタレーションは、とても現代人らしいアプローチであると感じた。日本人には馴染みがないかもしれないけど、とても憧れる生活が記録されていた。抽象度も高く、解釈の幅も広いのだが、指向性が定まっているので、穏やかに鑑賞できた。

「小西紀行」方々のギャラリーで何度か拝見しているので、その差異を感じとることができた。最も通路側に近いペインティングが良かった。同作家の持ち味はストロークだと思っているので、大きい作品が軒並み好印象。しかしビジュアルとは裏腹に狂気はなく、枠を意識した構図が残念。

「ドン・ユアン(董媛)」執念が感じられた、が、そこまで。

最後の会場「横浜美術館」にバスで移動する。横浜美術館に来たのは、二年前に見に来た蔡國強展ぶりです。
美術館前のアクセスが良いところに喫煙所があったはずなのですが、スタッフに聞いたところ撤去されたとのこと。喫煙所はどんどん無くなっています。六、七年前には東京ビッグサイトの館内、メインホールに喫煙所があったんですよね。いや懐かしい。アートフェア東京が開催される国際フォーラムはまだ喫煙所が館内に存在してましたが、いつまで持ちこたえるやら。さて、ここでも面白いと感じた作家のみ記述します。

「ジョコ・アヴィアント」大きな木々と名付けられた作品。膨大な数の竹を編んで制作されたようです。エントランスのゲートをくぐって出会う、その強大さにやられたました。ファーストインパクトって重要です。

「畠山直哉」理屈を付けず、美しく、見入る写真作品だった。被写体、モチーフとの距離感、向き合い方がとても自分好みだった。少し痛みを感じた。

「プラバワティ・メッパイル」無数の導線を規則性を持たせて壁から壁に張り巡らせた作品、ぼーっとしていると存在に気付かないかも。しかし、オムニバスな流れ(経路)の中では違和感。

「パオラ・ピヴィ」蛍光色に染めた羽で構成されたクマが数体展示されていた。が、本作のみではやはり無理がある。本イベントは一部をのぞき、写真撮影OKなのだけど、それが望まれない方向へ意識を傾けてしまいそうだなと思った。

以下、イベント自体への感想。
まず想像以上に規模が小さかった。1日で全部見ることができた。チケット代を考慮すれば文句無し。でも、私個人としてはまた来ようとは思わなかった。コンセプトは、「接続性」と「孤立」から世界を考える」とのことだが、「分断され孤立しているものを対話と思考と想像力でつなげ、新しい可能性を切り開く」とうたわれていた目標を果たすには、つなぐためのアプーローチがあまりにも手薄、貧弱だった。確かに全体的に抽象度は高い作品群だったので、個人が持ち得る力で、点と点を繋ぎやすいキュレーションだったのかもしれないけど。幅広い世代が訪れることを念頭に考えると、手落ち感が否めない。期待していただけにがっくり。こんなものなのかな。

帰りの電車は副都心線。乗り換え無しで横浜から最寄り駅まで移動できる便利さ。車内では蛭子さんのエッセイを読んでいました。帰宅してから映画(何を見たかは忘れた)を見て就寝。