生きるは、日常の撹拌。

8月9日(水)
毎日日記を書くとか宣言しながらもう10日ほど間が空いてしまいました。でもこれからも、ノルマを課さず、好き勝手に書こうと思います。ノルマ化したら仕事みたいになってしまうから。

この日、雨が降っていた。電車を乗り継いでとあるリサイクルショップへ。読書用の椅子を探しに。そこは大きなプレハブ小屋。店員さんが椅子は二階だよと教えてくれた。そして、暑いよとも言っていた。階段をのぼる、洒落にならん暑さ。すぐに汗が吹き出る。業務用の送風機が二代設置されていて、熱風を撹拌し続けていた。
汗だくになりながら、湿気の高い空間に包まれながら、広いフロアの椅子に片っ端から座る。そして一脚、良い椅子が見つかったのでおじさんに送料を尋ねると、なぜか交渉してもいないのに1000円ほど値引いてくれた。安くなったことよりも、その不ランクさが心地良いが空気は相変わらず悪い。

小雨が降り続ける中、Googleマップで近くに川を見つけたので、そちらの方角へ進む。川を見つけた。そして多くのカヌーを見た。そこは戸田漕艇場だった。その日、日中に大学カヌー部の大会があったようだ。既にイベントは終了し、彼らは流している様子だった。
異なるサイズのカヌーが何十隻、一本の河を縫うように滑るさま。思いがけず出会えた光景に歓び。こんな光景、見たことなかった。並んでみると自転車くらいの速度を出していることに気付く。鴨の家族もゆったりと泳いでいて、パドルが水をかきわけると、彼らはゆるりと角度を変えて、避けようとする。決して飛びはしない。ときにカヌー側もこぐことを止めたりもしていた。そんなことを暫く観察していた。

一人乗りのカヌーが一隻、陸に乗り上げていた。乗っていた女性は転覆し、しばらくボートに掴まって浮いていた。その日は風が強く、風に対して横向きで乗り上げてしまったことから、乗り直しが困難だった様子。暫くしたらコーチらしき人物がカヌーに乗って登場し、ことなきを得た。しかし、コーチが到着するまでの十分間ほど、彼女は浮いたまま。見回すと、カヌーに乗る人々はほとんどが救命胴衣を装着していない。そういうものなのか。

川沿いを散歩していたら、マンホールの蓋の上に猫がいた。手招きすると身体を足に刷り寄せてきた。恐らく普段から近隣の住民に愛されている(餌的)。その佇まいは縁側のおじいさん。また会えたらいいね。


↑さつかわ氏の写真を引用

「猫になりたい」というスピッツの曲。猫そのものになりたいのか、猫の環境に憧れるのか。後者であれば、今すぐなれるよ。なれないと思っているだけ。

生きるということは、日常の撹拌。
そんな〆の言葉を残して。

またいつか、書きます。