風と時と光のはなし。

風のはなし

仕事を辞めてから、窓を開けて風に当たる時間が長くなった。風に吹かれることが、気持ちよく感じられるようになった。天井のライトを消して、カーテンを少しだけ開き、窓際でタバコを吸う。月明かりに照らされた紫煙の揺らぎが、風の軌道を教えてくれる。虫の鳴き声を聞き、そこで生きていることを意識する。忙しさの中で、いろんなものの存在や主張を無意識に削ぎ落としていたのでしょう。お金を消費せずとも、魅力的なものは沢山あるのだと強く理解できたことが、この無職生活で得られた一番の価値だと思います。

時のはなし

寝室には時計を置いていません。玄関にのみ壁掛け時計を置いています。無職生活は、あまり時間に左右されることがないので、不自由しません。
私はアナログ時計が好きではなく、腕時計はずっとデジタル式を愛用しています。刻々と角度を変化させる秒針を眺めていると、針に尻を叩かれ、せっつかれているように感じてしまうのです。どんな意識を持とうが、変わらない速度で時は進みますが、この意識のありようが、私には大きなプレッシャーなのです。デジタル時計は、時間をイメージさせず、より客観的な数値に置き換えて、時を示してくれる。その素っ気なさが好き。

光のはなし。

一年前くらいから、就寝時にはアイマスクを使用しています。装着した瞬間から、暗闇の中、良質な睡眠が安価に手に入ります。光の刺激がこんなにも身体だけでなく、精神にも影響を与えるとは…と購入当初、驚いたものです。
同時期に耳栓も購入したのですが、こちらは使用が続かず。音を遮断すると、目覚ましも聴こえないし、宅配便にも気付けないし、デメリットがある。以前、オレンジ色の耳栓をしながら電車に乗った際、周囲の客が不思議な表情をして、こちらを眺めていたのを覚えています。
静かな場所で着用すると、まるで別の世界に降り立った錯覚。物質も現象も視認できるけど、自分がそこにいないかのように感じられる。音の情報量が減ることにより、環境の認識能力が下がるからか、自らの存在が希薄に思えるのです。多くの科学技術は、大量の情報をより高速に処理することに注視していますが、それに逆行して、インプットする情報をあえて削ぎ落とすことで、面白い体験ができます。

飛躍した三つのはなしのつなぎ目、見つけられますか?
明日から暫く家を空けます。また、お会いしましょう。