自由の性質

一ヶ月ほど前、目の前の一軒家が立て壊されて、更地になった。そして、先日、アパートの二階に住んでいる住人が引っ越した。とても静かになった。

私個人、自ら大きな音を発するようなこと自体が嫌いなので、近隣がいなくなろうが、生活に大きな変化はない。毎日プロジェクターで映画を投影して見ているが、ヘッドフォンをしているし、スピーカーにするつもりはない。

もたらされたのは、ただただ、静かな環境。望めば、今までは他者への影響を気にしてできなかったこともできるだろう。しかし、そんな欲望はない。そもそも他者が近くにいたことで、縛られてなどいなかったのだ。

自由の性質も似たようなものだと思う。

何らかの環境や抑圧から解放され、新しいことができる、と錯覚してワクワクすることがあるだろう。しかし、多くのことは、それ以前から開かれている。環境のせいではない。自らの思考こそが、不可能と談じていることが多い。

結局の所、本当に自由を妨げている要素は、物理的な障壁であるが、心理的な障壁は人間にとって大変有効だからこそ、ややこしい。