何が失われているのか?

下水道やらエネルギー問題に関する書籍を読んでいたときに、ふと、「最近、火を見る機会が減ったなぁ」と思いました。

喫煙者であれば、ライターやマッチを持ち歩く習慣があるでしょう。主婦であれば、調理時にコンロで火を取り扱うでしょう。しかし、後者の場合は、オール電化が進み、IHクッキングヒーターが普及により、火を見る機会は減ったと考えています。火力や調理器具の兼ね合いからガスコンロを利用しているご家庭も多いでしょうが。私の母は安全性を考慮して、IH化していました。

実家には仏壇があったので、線香やろうそくを点す為に、ライターやマッチが備えてありました。あと、昔は不要なものを庭で燃やしたりしていましたが、規制を受けて、火を使う機会は減りました。

父親は、子供たちが生まれる前に禁煙したという話を聞いたことがあります。しかし、ライターを持っていたと記憶しています。商品のタグとか紐を切る際に、ポケットからライターを取り出していました。父親は自動車会社のエンジニアでしたが、普段から何かとライターの使い道があったのかもしれません。

料理はもちろん、お風呂だって、給湯器だって、物質を熱したり、燃焼させたりするにはエネルギーが必要です。しかし、母親のように、より現場から遠い位置のエネルギーを用いることで、リスクを下げようという時代。つまり、電化、発電所から引っ張ってくるエネルギーで暖めようということ。

こういった生活を続けていると、消費エネルギーに関する関心事は、「どれだけのエネルギーを使っているか?」ではなく「いくら分のエネルギーを使っているか?」になります。費用が安ければ消費量をあまり気にしないでしょう。

遠ざかる事で、物事は見えにくくなります。
電化とは代用。火が失われているわけではありません。発電所がかわりに燃えているだけです。本当に失われているのは何なのかを考えねばなりません。