時の速度

現在、仕事がある日は午前6時に起床しています。
その影響からか、休日も7〜9時くらいにはぱっと目が覚めて、行動できるようになりました。

今日も8時くらいには体を起こし、ペットに餌をあげて、ご飯を炊いて、
玄関と居間の掃除をして、ご飯が炊けるまで読書をしました。
炊けたらお味噌汁とおかずを作って食事。
その後、ソファーで再び読書をし、1冊読み終えました。
夕方にまた読書の時間を確保するので、そこでもう1冊読み終える見込みです。

これは思い込みでしかありませが、
私は午前中は時間の流れが遅いと感じます。
アナログな時計を例に出しますが、
6時の位置にある針が12時に向かうには重力に逆らい、
12時の位置にある針が6時に向かうには重力に従う、
いったイメージの支配が大きいのかもしれません。

もちろん、時間帯によって著しく時間の経過速度がかわるなんて、非科学的ではりますが、
イメージの影響力はばかにはできません。

さて、今日は給料日を迎えたので、晩ご飯は豪勢にステーキにします。
以前、自由な時間が惜しく感じられるようになったと記述しましたが、
過剰だと思える作業はできる限り短縮し、必要だと思うところには力を注ぐよう意識しています。
せっかく食べるのであれば、美味しく食べたいし、食べて欲しい。

ということで、美味しく調理できればいいなと。

図書館

駅前の図書館の改装工事が終わってので、休日に行ってきました。

工事前に訪れたことがないので、変化の差ははかれませんが、期待したほど充実した設備でもラインナップでもありませんでした。
主ながっかりポイントは以下の2点です。

・パソコンの資料検索が不便
本をパソコンで検索しても、どの棚におさめられているかがわかりにくい。
余計な情報が大きく表示される。文字情報の優先順位が設定されていない。

・館内マップが入り口にしか見当たらない
検索したら、再び入り口に戻れということか。

また、会員証を作成するときに記入した用紙もお粗末。よくこんな仕様でやってけるなと思ったけど、そういうもんなんでしょうね。市の施設なんて。
現在の居住地近くに、もう1カ所利用している図書館がありますが、そこもずさんでした。会員証作成時にメールアドレスを記入したのですが、後日、図書館から電話がかかってきました。かけなおすと「登録時に記載したメールアドレスにメールが送れません」との内容。
口答でメールアドレスを伝えると、職員が入力ミスをしていたことが発覚。電話口の職員は謝罪の上、アドレスを修正しますと答えて、電話をきる。
その翌日、再び図書館から数回もの電話があって、かけなおす。すると「登録時に記載したメールアドレスにメールが送れません」との内容、再び。

昨日、同内容の連絡があり、入力ミスがあった旨を伝えたら、既に確認をとったのを知らなかったとのこと。また謝罪を受けて、こちらでメールアドレスを修正しますと答えて、電話をきる。

すると数分後、再び先程電話をかけてきた職員から電話がかかってくる。
「こちらでメールアドレスの修正はできないので、ご自身でネットからやってください」

よくこんな仕様でやってけるなと思ったけど、そういうもんなんでしょうね。市の施設なんて。
不便過ぎて、あんまり利用しなくなるかもなぁ、この図書館。

結局、検索では欲しい本見つかったのだけど、指定された場所に無かったので借りられませんでした。

進む

今の考え方。

自分で「やろう」と思ったことを「やれた」とき、進んだと実感します。
大抵はプラスの方向へ進んだと思うことができますが、
時には、プラスなのかマイナスなのか、判断できないこともあります。

そういうときも、まぁいいか、と思えることが大切なのだと、
思い込むようにしています。

一度きりの人生の最中です。
死後、やっと、その一歩が前向きだったのか、後ろ向きだったのか、
判別できるようになるでしょうから。

俯瞰して見たら、同じ場所をぐるぐる回っているだけかもしれない。
でも、何周もしたからこそ、わかるものもあるかもしれない。

かもしれない。

全部、かもしれない、ことの連続です。

今日はさつかわ氏が洗ってくれたシーツをアイロンがけしました。
村上春樹にならってじゃありませんが、以前、アイロンがけに幸福を見出していた時期もありました。

シワをのばす、という行為にも、見出せるものがありそうです。
それはまたの機会に。